日本時間6月14日に行われたNBAファイナル第5戦。 王手をかけていたニューヨーク・ニックスが、敵地での大熱戦を94-90の僅差で制し、53年ぶり(1973年以来)のNBAチャンピオンになりました。
試合が終わった瞬間は興奮がさめやりませんでした。現地ニューヨークの熱狂、そしてタイムズスクエアやマンハッタンのブライアント・パークのパブリックビューイングの盛り上がりは、画面越しでも揺れるようなものがありました。優勝パレードはニューヨークのマンハッタンの南部から市庁舎までのルートで行われ、地元メディアによると約200万人のファンが優勝を祝いました。
今回のブログでは、世界中のバスケファンを熱狂させた歴史的一戦をハイライトで振り返ります。
スパーズの猛攻と落ち着いた展開のニックス
試合は序盤、ホームのスパーズが最高のスタートを切りました。 怪物ビクター・ウェンバンヤマがゴール下に君臨し、前半だけでニックスのシュートを事あるごとにはたき落とす5ブロックを記録。ニックスは最初の18本中16本のシュートを外すという大不調で、一時はスパーズに最大16点のリードを許します。
「第5戦での決着はつかないな……」
そう思った人も多かったはず。でも、今年のニックスは一味も二味も違いました。今ファイナル、すべての勝利で2桁点差からの逆転劇を演じてきた逆転のニックス。第2Q中盤からの22-9のスコアで、しっかり射程圏内に捉えて前半を折り返します。
そして迎えた運命の第4Q。ここで極限の集中力を見せゾーンに入ったのがこの男。 ニックスの絶対的エース、ジェイレン・ブランソンです!!
第4Q、スパーズに再び10点差をつけられ、窮地に陥った場面から、ブランソンが13連続得点という文字通り神懸かり的なパフォーマンスを披露。
- タフなドライブからファウルをもらう
- 美しいステップバック3P
打てば決まる、まさにゾーン状態。終わってみれば驚愕の45得点を叩き出し、マイケル・ジョーダンらレジェンドに並ぶ「ファイナル王手戦での歴代3位タイ」の偉大な記録を残しました。もちろん、文句のつけようがくファイナルMVPに選ばれています。
ビラノバ大の同窓生であるミカル・ブリッジズ(14得点)、ジョシュ・ハート(13得点・11リバウンド)の“ノバ・ニックス”トリオの活躍も目をみはるものがありました。
敗れはしたものの、やはりスパーズは優勝5回を誇る名門チームだけあって、最後まで目が離せない試合でした。
グレッグ・ポポビッチ氏(ポップ)がサンアントニオ・スパーズに残したもの――それは一言で言えば、「スパーズのDNA自体」であり、彼がコートを去った今もチームに残る意識として根付いています。
2025年に健康上の理由で29年間務めた指揮官を退任し、現在は球団代表(バスケットボール運営部門社長)として文字通り「boss」となったポポビッチ氏ですが、彼がコートに残した功績は計り知ることができません。
彼が残した具体的なものを、いくつかの視点から紐解いてみます。NBAマガジンなどを観られていたファンの方であれば尚ポポビッチ監督の功績を感じることができたと考えられます。
スパーズの試合ハイライト 1990年代後半から2010年代にかけて、スパーズはティム・ダンカン、トニー・パーカー、マヌ・ジノビリらの「ビッグ3」を擁して毎年のように優勝争いをしていました。そのため、月間のハイライトを扱うNBAマガジンでスパーズが放送される機会は多く、ベンチで熱くを指示を送るポップの姿は定番の光景でした。
試合後や会見のインタビュー ポップといえば、メディアに対する「素っ気ない、だけどwitty remark(機知に飛んだ)と言うことができるマスコミ嫌いとも捉えられるインタビュー」が現地でも大名物ですが、そうした彼の短い名言が日本語字幕付きで紹介されることもありました。
塚本清彦さんの解説パート スタジオ解説の塚本さんが、スパーズの美しいパスワーク(通称:ビューティフル・ゲーム)を絶賛する際、「ポポビッチ監督のシステム構築のどこそこが素晴らしい」と、彼の戦術やコーチング哲学にスポットが当てられることも多々ありました。塚ちゃんのつかみどころでもスパーズのパス戦術が詳しく解説されていました。水野裕子との受け答えも大変に相性が良く、二人の中継は楽しみでした。
なかでもジノビリはポポビッチ監督に「最初は彼の予想外のプレーに理解が追いつかなかったが、それが彼固有の良さだと気が付いて、自由にプレーさせていた」と言わせるほどの活躍で、創造性と要所でのプレー強さが光っていいました。
1. 後継者ミッチ・ジョンソンHCへの「信頼とバトン」
ポポビッチ氏が軽い脳卒中で倒れた後、見事にチームを引き継ぎ、この2026年ファイナルまでチームを導いたミッチ・ジョンソン正式ヘッドコーチ。彼こそが、ポップが残した最大の遺産の一つです。 ポップは自身が退任する際、ジョンソンについてこう語っていました。
「彼の采配は見事だ。選手に責任を持たせ、選手も彼を一目置いている」
ポップの「選手を一人前として扱い、規律と責任を求める」という育成哲学は、そのまま現指揮官に受け継がれています。ポップは語りました。I’d be much happier if i knew that my players were going to make society better,who had good familiies and who took care of the people around them.I’d get more satisfaction out of that than a title. ”自分のプレイヤーたちが社会をより良くし、良い家庭を持ち、周囲の人々の世話をしているのだと分かれば、私はもっと幸せになれるだろう。それこそが、タイトルよりも私にとって大きな満足感を与えてくれる。”この言葉の通り、自身が退任した後も、プレイヤーが単にタイトルだけにとどまることなく活躍してくれることを望んでいたことがわかります。
2. ビクター・ウェンバンヤマへの「Less is more(簡潔さが豊かさを生む)の帝王学」
ウェンバンヤマが鳴り物入りでNBA入りした最初のシーズン、ポップが彼に施したのは「えこひいきせず、自由にやらせながらも、チームプレーを徹底させる」という指導でした。 かつてティム・ダンカンを育て上げたのと同じように、「どんなに特別な才覚があっても、一人のプレイヤーにすぎない。チームのために何が貢献できるか」というカルチャーを、ウェンバンヤマの根底に植え付けました。 ファイナルで敗れたウェンバンヤマが「これは最大の鍛錬だ」と語ったあの成熟したメンタリティは、ポップの教えがあったからこそです。
3. 「Pound the Rock(岩を叩き続けろ)」の精神
スパーズのロッカールームに掲げられている有名な言葉があります。
「運命が引き裂かれそうに見えるとき、私は石切り工が岩を叩く姿を見る。100回叩いてもヒビ一つ入らないかもしれない。しかし、101回目に岩は真っ二つに割れる。私は知っている、割ったのはその最後の一撃ではなく、それまでに積み重ねたすべての打撃のおかげだということを」
ファイナル第5戦、序盤に最大16点差をつけられ、ニックスの猛攻に晒されても、スパーズの若い選手たちは決して混乱に陥りませんでした。この「結果が出なくても、素直に正しい過程を繰り返す」という強靭な意志は、ポップが四半世紀以上かけてクラブに生み込んだ精神そのものです。
4. チームを見守る「温かい柱」
実は今回のファイナル期間中も、ポップは現場のミッチ・ジョンソンHCにフィードバックを与えたり、崖っぷちの第5戦の前には選手たちに「下を向くな、ここを改善しろ。前の試合のことは忘れろ」と激励のメールを送ったりと、影からチームを支え続けていました。 ベンチにいなくても、彼の存在がチームに穏やかな安心感と実績のある緊張感を同時に与えています。
スパーズはファイナル第5戦でニックスに敗れ、あと一歩でチャンピオンリングを逃しました。しかし、ポップが築いた土台の上で、若きスパーズはすでに次の常勝軍団のステップへ至ろうとしています。
名将が残したカルチャーは、これからもテキサスのサンアントニオの街とスパーズを照らしていくことになりそうです。そして、ニックスは優勝本当におめでとうございます。